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地球散歩

自分なりの哲学、お茶の間自然療法研究、思いつきや日々の気づき、散文、備忘録、メモ(ツイッター清書役割あり)好奇心多方面に旺盛、すぐ興奮 ♡→旅、自然、森、海、音楽、ダンス、映画、芸術、色、本、spiritual journey、手作り、シンプル料理、ハーブ、アロマ、サッカー観戦...and more!   ☆ツイッター→https://twitter.com/takealongwalk ☆インスタグラムART編→https://www.instagram.com/take_a_long_walk/

90年代カルチャーはいつまでも活力をくれるのだ☆スチャダラパーというバロメーター

音楽 - music 日記 気分転換

最近は朝の散歩や週末プチトリップでの森、自然に本当に助けられていて、

自然万歳、ありがとう!を実感。

体調がまだまだアップダウンする中、疲れやむくみ、めまいがあるのに

夢中になって早朝散歩をして倒れこむという私らしいプチ失敗。need 柔軟性!

いやはやしかし、より自然濃度が濃い中に住まいを持ちたいぞ。。

 

ところで、私の心の状態が底に近づくと、

スチャダラパー(90年代~2000年代初頭リリース)のプレイリストをシャッフルして聴き続ける、という現象がある。

 

中学生の時、スチャダラパーのアルバム

<タワーリングナンセンス>を聴いてびっくり仰天☆

「なんじゃこれ!かっこよすぎ!おもろすぎ!」ずっと繰り返し聴いていた。

ライブにも行き、Tシャツも購入し今でも持ってる(先日久々に着てテンションUP)

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本当にテンポ、リズム、ユーモア、知性、バランス全て好みなのであった。(今も)

(それから当時、BOSEくんの顔は私の理想の顔である、とよく吹聴していた)

 

その直後ダンスを始め、クラブに通いだし、洋物もガンガン聴いていくことになるが、

スチャダラパーのナイスなサンプリング元を知り、

使い方にも感心してうなることしばしば。

 


Scha Dara Parr

 

「ついてる男」の歌詞で一気にそうだった!と取り戻す本質的何かがある。

「トリオ ザ キャップス」(ついてる男でも)で増やせる観点がある。

「彼方からの手紙」で理想の生きるペースを思い出す何かがある。

「ボーズ Bar -「Yo! 国際Hah!」 の巻」を聴いてクスッと納得する何かがある。

「ヒマの過ごし方」を聴いて世間とシェアしたくなる何かがある。

サマージャム’95」を聴いて思い出すトキメキ♡がある。

「そ・れ・ば・な」を聴いて散漫すぎるmy連想ゲーム式脳内展開を咎めず楽しめる。

「トラベル・チャンス」を聴いて火がつく旅心がある。

 

など、このあたりを聴いて聴いて聴いたら、なんとなく底にタッチして上がっていく、

ようなパターンが多い。うん、それでいい。

 

特に、<5th wheel 2 the coach>と<WILD FANCY ALLIANCE>は、

アルバム1枚まるまる聴ける良品!

私のセンスに何かしら強力な影響を与えているたくさんのアーティストたちの1つ。

 

(余談:PROTECT HIM (from what he wants)」という曲に出てくる歌詞の一部→~今日は見るだけとかいいつつ冷蔵庫とか買っちゃうやつ~という部分の人は小沢健二氏だった、というのをどこかでみた)

(どうでもいいほうの余談:身近な人には何度も言っているが、永遠の名曲「今夜はブギーバック」のPVに出られるチャンスに、好きな人にバレンタインチョコを渡すという方を選択、今でもカラオケビデオなんかで流れるブギーバックのPVに映る友人を見ては、ほろ苦く当時の選択を後悔するというネタがあり)

 

そういうわけで、

私にとって90年代(~2000年代初頭)というのは、まさに思春期真っ只中で

「怖いものなし」がそのまま服を着て歩いていた、といえるのであります。

(実際、振り返るとあまりにも無防備で怖くなること多々…ヘンテコ武勇伝多々)

 

昔はよかった、じゃないけども(←スチャダラの歌詞頂き)、

当時の音楽やカルチャーは、もっと根がはっていたというか、

今でも全然楽しめるし、記憶にしっかりと、そしてがつんと琴線に触れていた。

雑誌なんかも本当に面白くて、発売日を楽しみに購入していたものもいくつかある。

「◎◎の雑誌を読んでいる」というと、

それがそのまま自己紹介になるようなインパクトとオリジナリティが各誌にあったのではないかな。(Oliveとか宝島とかキューティとかね。私もOlive少女だったし!)

今はネット社会でもあるし、

情報が似たものばかりで流行重視?で買う程の魅力を感じるものがなかなかない。

同年代とこのあたりの思春期時代の話をすると異様に盛り上がる、

というのはどの年代も共通ですかい?

 

当時はダンスをしていたのもあってCLUB通いはしょっちゅう、

芝浦GOLDや西麻布のYELLOWなんていうナイスな地があり、

海外から上質DJたちが来日しては熱く盛り上げていた。

うーん音楽、芸術のエネルギー!創造、表現は大事だ。

体力があった、ということも手伝って毎日それはそれは活動的であった。

今は衣食住、ライフスタイルは様変わりしたし、ペースものんびりいきたいけど

私らしさ、という本質はその時と変わらない、というか思い出すべきである。

なんというか、当時の私の勢いというか心構えは、やっぱりどう考えても

永遠の私の本質的、魂の中心軸なのではないか、と思う。

バランスを崩したり、忘れかけている時にその本質的感覚を思い出すために、

時々当時の音楽やカルチャーを引っ張り出すのは大事なことなのです。

 

これまでずっと起こるべくして起き、

辿るべくして辿っていることばかりだと、生きる程思うので、

変化を恐れず腹をくくって成長という旅(波乗り)を続けようではないか。

最近は尻込みしすぎたんだな。思考重視になると調子を崩すタイプなんだ。。

生きる時間を積み重ねるからこそ味わえる、その時々の謳歌もなかなかです。

「いつかこの肉体と魂の組み合わせの私は死ぬ」

っていうみんなに共通のことを本当の意味で理解して、

今のエネルギーを有効活用したい。

 

今回の結論!いつも「今のエネルギー」を淀ませず、循環することが大事!