色鉛筆セラピーと、この機会にジュリア・キャメロンの本を読み返し始める

 

「安曇野ちひろ美術館」そして、その勢いで訪れた「ちひろ美術館・東京」や「童画の国から」展@目黒区美術館から、私の中で何かがはじけたらしい。

何より、安曇野ちひろ美術館は美術館のある環境そのものが本当に気持ち良くて、心とからだに何かが大きく作用したように感じた。

美術館のあと、早速自宅にある色鉛筆を手にとり、使いかけのクロッキー帳を引っ張り出して、どんどん色をのせる。ホント、どんどんのっていく、とまらない…楽しい…☆この「絵を描く(というか色を重ねていくこと)」っていうのは何か取り戻すような、私のベースを思い出しているような…?!楽しくて癒される、いわば「色鉛筆セラピー」

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芸術、創造って魂にとっての美味しいごはん、みたいだなー☆

絵を描く、これは私に合う歓喜の表現方法の1つ、もしくは解放!そしてストレスから守る術!?魂の奥底にある何かを思い出す作業…?!って、別にそこまで考えなくてもいいか……つい興奮したが、とにかく勝手に手が動くんだから面白い。

一体どうしちゃったんだか、自分で描いた絵(色の重なり)を眺めて癒されるなんてお得すぎるよ☆

これまで「絵を描く」ということを想像すると、いいなぁ~っていう気持ちにはなれたけど、いざ描こうとしても、「上手く描こう」とか「基本の知識が…」とか「上手い人はすごいしなぁ(謎の比較)」などなどの(恐れからくる邪魔な)要素がブロックになっていたのかもしれない。

特に最近、PC使用時間長すぎてネット依存やばいぞ…って思ってたところだから PCより絵を描きたいというのが優先、とは大変よろしい。

水彩画にも興味津々で、いずれとりかかるかもしれないが、元来、面倒くさがり番長の私としては、何かをやろう!となると、

  • 道具やスペース、お金、手間などができるだけかからない
  • わりと場所を選ばずどこでもできる(家は勿論、屋外、海外などでも)
  • 思い立ってすぐ取りかかれる

ということを好むので、うちにある色鉛筆を手に取ってみたというわけである。

(これくらい気軽にとりかかれないと準備中に気持ちが萎える…まぁ萎えるんだからそこまでだろう…とも思うが、何か一息、っていうもったいなさ!)

数年前にタイで買った水彩色鉛筆があったのにずっと使っていないことも気がかりだったからヨカッタ~色鉛筆だけでグラデーションや混色ってのも楽しいんだナ~

描きかけの絵が大量にあり、更にどんどん新しく着手し、同時進行していくっていう方式で描く。そして屋外で描くのが好き♡

 

現在、我が家は節約強化期間なのに、波に乗ると、がぜん派手に盛り上る私は、「創作といえば、アトリエ!今すぐアトリエが作れないなら、せめて部屋の一角にアトリエ風コーナーを!」と興奮し、気づいたらテーブルを購入していたのである。さっき無印良品で配送手続きをして帰って来た。ちょっぴり反省とやや動揺気味なので、これを書いてなんとかオチをつけたいというのが正直なところである。

(私のこのような猛烈な興奮と勢いには主人の調教や悟しなどが必要なのだが、今回に関しては当の主人T氏も、我々が可愛がっているウチにある’豚の置物ピーコ’だけを描く絵、に燃えだしているので効果なし)

まぁいつだって、決め手は気持ちだからあとのことはどうにでもするだろう。ウキウキワクワクはプライスレス。

 

私にとって芸術は、否、全般的に言えることだけど、

「誰かに教わる」、「基本の知識を順序よく」、「(やっている事などに)名前をつける」、「組織に属する」、「辛い修行」とか…そういうのぜんぶ苦手です…

先々の事を考えず、ただ手が動いていって楽しいというのは、my人生のスローガンの<寄り道しながら進んで、振り返れば絶景>っていうにはピッタリではないか。

それにこの作業は瞑想のようで、「今ここ」にいるような、心地よい集中。

この絵描き作業によって、「失敗なんてないぞ」「あれこれ何かやる前に考えすぎると行動力をおさえてしまうんだな」と実感、体感ができるみたいだ。

 

絵描き作業クリエイティブよいぞ!と思って、ふと思い出したのがジュリア・キャメロンの「ずっとやりたかったことをやりなさい」という本。

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これは、私の大好きな友であり、メンターのようなガイドさんのような仲良しさんが4年程前に教えてくれた本。

まず、ここに出てくる「モーニングページ」というワーク。モーニングページはいわば脳の排水、整理整頓、不要品処理。毎日、書きたいことがあろうとなかろうと最低3ページ何かを書く。to doリストをひたすら書いてもいいし、ネガティブな事でもOK、規則はなし。書く事がなければ、「書くことがない、書くことがない…」と延々書き続けて ページを終えてもいいので書き終えよ、というもの。

続けると予想以上の何かがあるんだろうと思う。

私はつい3ページを毎日、が連続では続かずで断片的にやっている。(いいと信じているのにさぼる、これこそ怠惰の極み…もっというと恐れのなせるわざかもしれぬ…)

とはいえ、火がついたように書くときには3ページどころか手が追い付かないほどで極端だが、そのままゆだねるのもいいかと思う(←というのは言い訳で、キャメロン氏の言う通り、ある程度継続してやるとそれはそれは素晴らしいだろう)

私の推測では、これがある程度の期間持続できると「何よりまずは自分と丁寧に向き合う」という作業ができる、もしくはその入り口に立って自分自身と向かい合う。誰にとってもたぶんこれはとっても大事なことで自分軸を持つ助けになり、自分も人も大事にできるようになる気がする。

しかしこれは、人によってはとても恐ろしいことであるかもしれない。本当の自分を知ったら、もう本当の自分以外では生きられなくなるでしょう?!仕事が忙しいとか、もろもろ言い訳はきかなくなるですたい。ただ、私はこれに関してはまだえらそうなことは言えまへん…

 

私が他に、ジュリア・キャメロンの本で気に入ったワークは「アーティストデート」

これは「一人で(自分の中のアーティストと)クリエイティブな時間を過ごす」というもの。例えば、1人で自然の中、森や山やビーチへ行ったり、映画や美術館に行ったり、お店で楽しみのために芸術品やキッチュなものなんかを買って使うetc…創造性を刺激する、育てることならなんでも。

この「アーティストデート」に関しては、すでに昔からず-っと欠かせない行為として私の中のデフォルトになっているので問題はないのだが、最近始まった「絵描き作業へのインスピレーション」や、「アーティストデート素晴らしいワークだな!」、として意識したら、なおのこと創造性が高まるような気がしてならない。気分高まるなら何でも活用していいじゃないか。気分高まりモチベーションUP。

 

こうして愛読書は時々引っ張り出して繰り返し繰り返し読む。愛読書となれば度々グッドタイミングでお助けしてくれる、良い本は親友のように家族や師のように私の状態に合わせて最適な距離で寄り添ってくれる。

本だけでなくても、時々、自分以外の信頼できる誰かの導きをもらえると素晴らしい。例えば、ジュリア・キャメロンの本を教えてくれた友達はそういう案内がとっても得意なガイドさんだし、仲良しさんはほぼ遠方に住んでいるけれど、私にとても意味深いものを感じさせてくれる。物理的な距離はあんまり関係ないってのもわかった。(もちろん、今すぐ会いにいけたらハッピーだけど)

そんな私の大好きな愛する人たちには、描いたものを見せたくなってしまうのだナ。

 

今回は絵について熱く語ったけれど、たとえ(可能性はかなり低いが)来週ぱったりと筆をおいてもいい。また再燃するはずだから♪私の法則の1つに「通りすがってまた戻る法則」っていうのもある。

 

表現ってたくさんの方法や道があるので、その時の気分でいろいろ試していくの面白い☆これからもどんどん新しい創造がうまれるのかと思うと楽しみ☆

 

とにかく、「自然」と「ユーモア」、「芸術(描く、書く、読む、聴く、踊る、観る)」はmy lifeにとっても重要!

特に芸術では「音楽(必然的にダンスがセット)」と、「絵」!!!

 

(久々に、大好きな獅子文六の小説を読んだからか、口調がやや変だったナ)

 

 

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