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地球散歩

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トットちゃんと、中村好文さんの本が素晴らしいことについて

本 - book 格言 芸術 - ART オススメ

この夏の重要トピックスの1つ、安曇野ちひろ美術館

素晴らしかったここでの時間から、派生したいくつかの豊かな出来事につながった。なにより、絵を描きはじめた歓喜、それから、トットちゃんの絵本版を読み返したこと。

そして、ちひろ美術館にあったステキな椅子をデザインした建築家の中村好文さんのこと。中村さんのことを教えてくれたのは、美術館へ連れて行ってくれた友人Mちゃん。

 

 

まず、久々に読み返した「絵本 窓際のトットちゃん」の1と2。

トットちゃん、黒柳徹子さんのことは前からずっと好き。

私は【格言帳】なるものをもう何年もずっとつけているのだが、いつでも素晴らしい言葉に出会ってハッとしたら、すぐに何かしらに記す。(紙に書きつけるもの、デジタルで打ち込んでいるものとあり、書留めすぎているため管理が時に大変)

 

今回、ここに格言帳かわりとして書きたいのは「絵本 トットちゃん 2」のあとがきから。

トモエ学園は、体に障害を持っている子が何人もいたけど、校長先生は「助けてあげなさい。」とは一度もおっしゃらなかった。いつも「みんな、いっしょだよ。いっしょに、やるんだよ。」とだけ言った。すべて、私のやっていることは、小林先生の「みんないっしょだよ。」が基本になっている。世界の人がみんな小林先生の考えのように「みんないっしょだよ。」と思っていれば、戦争も本当は、なくなるはずなのに。ユニセフでいろんな国へ行き、子どもたちが飢えて、逃げまどって、孤児になっているのを見るたびに、いつも小林先生が見たら、どんなに悲しいだろう、みんな、いっしょにやればいいのに!と思って私は子どもたちを抱きしめている。学校のいじめの問題も「みんないっしょだよ。」って小さい頃から教わっていたら、きっとこんなには、増えていないと思う。せめて、この絵本を読んでくださったみなさんは、「いっしょにやっていこうね。」と、おっしゃった小林先生の考えを、忘れないで、うけついでいってください、おねがいします。そうすれば、トットちゃんも、とても、うれしいと思うでしょう。  ~途中略あり~

 

徹子さんはユニセフの親善大使を務めているときに、母校トモエ学園の小林校長先生の教えをいつも心にとめているという。

まだ小さかった私が、「窓際のトットちゃん」を初めて読んだとき、感動していくつかの場面でじんと涙ぐんだ。そして、「これはまた読むことになるだろう」、と思った。以降、小説版を成人したころにまた読んで、今回はちひろさん経由で絵本版を読む事になった。

最初に読んだ時は、徹子さんのお話しのことでいっぱいで、ちひろさんの絵のことに、まだ特別に注目していなかった。しかし、それくらい自然に挿絵としてあの感動した物語に存在感を持っていたのかも。

ここにきて、ちひろさんの愛と情熱の現れの他の作品たちを鑑賞し、心を動かされて、ちひろさんの言葉や情熱、インタビューなどを拝見してから改めて絵本のトットちゃんを読み返すと、涙が倍です。徹子さんとちひろさん、子どもたち、自然、世界への愛が溢れている。それを表現、行動につなげていることは素直に見習っていきたい。

そして、まず私は自分でも紙に色をのせたくなり、それが毎日続くことになって、私の精神にも良き影響を与えている、そう願う。良き精神に良き行動、積み重ねたい。

ホント「窓際のトットちゃん」に、ちひろさんの絵はパーフェクト、だな、本当に。

 

 

そして、中村好文さんのこと。

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家具のデザインもする建築家さん、中村好文さん。安曇野ちひろ美術館でMちゃんが、「あれは中村好文さんのデザインした椅子だよ、私の好きな建築家さん」と教えてくれて、興味を持ち、早速ご著書を読んでみた。

中村さんの考え方、仕事の仕方がとても良いな、と思った。少年の心やワクワクを持ち続けるような、絶妙に遊び心を発揮しているような印象。若い人からの依頼も多いとのこと。広い価値観を持っているんだろうな。露天風呂の設計や家具のデザイン、広くクリエイティブでデザインやつくることが好きなのだろうなと想像する。

私は建築の事は詳しくないけれど、よく訪れる美術館、図書館などの建築を眺めるのは好きだし、建物や環境は、落ち着くかどうか、どう印象に残るか、ということに大きく影響する。住まいだってそうだものね。

私はいつか創作、遊び心満載のトレーラーハウスかタイニーハウスなど、小さくても庭がある暮らしをしてみたいなーと思う。引っ越す時は家ごと、なんて理想。モバイルハウス☆そこには雨水トイレ、太陽光や風車での自然エネルギーを取り入れたい。庭にはコンポスト、ハーブガーデンと菜園。そんな風に思っていたら中村さんの本にはその理想がつまっている!!!

(そうだ、モバイルハウスといえば、坂口恭平氏の本、建築についての話もいろいろといいなと思う。彼は多才な芸術家だなと思う。彼の言葉や作品にはなかなかインパクトがある)

 

私が中村さんの本を何冊か眺め、読んでみた。まずは「食う寝る遊ぶ 小屋暮らし」(この本の小屋は中村さんの休暇小屋)から、いいなと思ったところをちょっと抜粋→

これまで住宅の文化度は、電気、電話、上下水道、ガスなどの「線」または「管」の数で計られてきたと思います。つまり、線と管の数を増やすことで文明度と文化度は上がると信じられ、私たちは知らず知らずのうちに、それをせっせと推し進めてきたわけです。でも、無尽蔵だと思っていた石炭、石油など地球の埋蔵資源の枯渇をはじめ、オゾン層破壊や温暖化など地球環境のことを考えると、これからは、逆にその文明の命綱を一本ずつ減らしていき、環境負荷の少ない住宅にしていくことが建築的な課題になるだろう……と、まあ、そんなことを考えて、この小屋ではエネルギーを自給自足する暮らしを実践しています。

こう言うと、私がエコロジー問題に真剣に取り組んでいる建築家だと誤解する読者がいるといけないので、急いで付け加えますが、私はそれほど生真面目な建築家ではありません。「そういう住まいと暮らしを、工夫しながらしてみるのも愉しそうだね」ぐらいの、いわば、気楽なエコロジー・エンジョイ派なのです。

 

建築の材料や技術の進歩によって、建物は壁であれ、屋根であれ、思いのままにつくれるようになりました。しかしそのことで、建築を健全な姿に保っていたタ ガが外れ、「建築の初心」は忘れられて、自己満足のための表現や、新奇性を追い求めることで建築形態を弄ぶ傾向に陥っているようにも見受けられます。

 

創造性と遊び心、楽しむことはすごく大事だと思うし、中村さんも言うように、「愉しみながら」した方が成果が上がる、ってホントにそうだろう。

 

また他のご著書の「小屋から家へ」では、普段は便利そのもでも、震災時に使い物にならなかった携帯電話のことなどで困った時に、小屋で使っているドイツ製の「集水器」(雨水を再利用するための管でゴミをとるもの)を思い浮かべていたという。とても簡単な仕組みながら、十分な働きをし、取り外しができて故障の心配がない、電気などエネルギーは使わないローテクな道具、そしてこのように語っています。

ローテクでいいので、すまいの中にこうした、使い物になる道具、頼りがいのある道具、働きものの道具があったらどんなにいいだろう……と考えずにいられません。すまいのためにこうした実用的な道具や装置を考案することも建築家がやるべき仕事なのではないかと思うのです。もっと言えば、人が住まう建物=住宅そのものを、合理的で、機能的で、使い勝手がよく、愛着がもてる「道具」にしなければならないと思うのです。その道具が、エネルギーと資源を無駄づかいしない、「始末のいい暮らし」を支えてくれれば、言う事はありません。

 

こういう方がいてくれると安心するなぁと思う。中村さんは職業的にも人としてもとてもステキな価値観と取組をしている方。今の自分の立場や気持ちに沿って、地球環境、今後のこと、次世代、創造性を見極め、自分の仕事の影響力もよくわかっていて、ベストと思えることを行動しているというか。(こういう方が父親か、旦那さん、家族にいてくれたらステキ、と思うような人☆)見栄とか儲けとか自己顕示欲とかではないことを動機にしている、正直で穏やかで自然体な人なんだろうな。

世界の建築に携わるプロの方々、そして私たちみんながそれぞれ、自然エネルギー、環境のことを考慮する良きバランスの大切さをよくわかっていたい。

例えば、普段から毎日、水、紙、電気、を家では無駄にしたくない。お風呂やお皿洗いでも流しっぱなしにしない、紙も電気も不要に使わないことを神経過敏のストレスにならないように、しかししっかり忘れずに、考えたい。

日本の政府なんかはこの地震大国で、「電気が足りない!」となると、節電を考えるよりも、もっと作らなきゃ!ってあぶないこわい原発なんかを平気で作って動かしちゃう。でもこれって、表向き正当なことを言っても、どこかに利益ができるような仕事の仕組みをつくるためのものでしょう?と思っちゃう。そのためにリスクが大きく、自分たちのいる環境のことを考慮しないで洗脳したり強行突破したり…いろんな視点で恐ろしいわい。

私がもしそういうことへの決断権限のあるところにいたら(?)都会に大量に溢れる自動販売機を減らしたり(自販機ってお店がないとか不便な状況にあるべきと思うし、自販機がコンビニのすぐ近くに何台も並ぶのは奇妙である)、電動でトイレの蓋が開いたり、勝手に流したり、なんかは減らす。ただし障害のある方向けのものはもっと設置を増やし、目や耳の不自由な人向けの芸術施設、バリヤフリー化と、街のあらゆるものの英語表記は増やす。

ハイテク製品は博物館に展示して「こういうことができる技術もあるよ」って体験展示したりするなら楽しめるけど、出先のトイレが軒並み、蓋が勝手に開いたり、流れたりするといろんな理由で謎…

原発に使う巨大な費用は設置できる屋根にソーラーを、各所に風力発電風車を取り付けたり、農業などの支援や植物を植えたりなどをして、地球が病んでしまったところの修復と予防に力とお金を使ってくれないかな…

無知って怖いので、自分の使っているエネルギー、衣食住について、自分の使っているものたちが、どこからきてどこに行くか、どういう消費と選択が地球、自然、人にとっていいのか、 今いるこの場所から考え、常に修正しながら、心と頭にとめておきたいということを、中村好文さんの本でもまた思えたのでした。

またすぐ興奮してしまった…それにちょっと話が脱線したけれど…

中村さんの手がけてきた小屋や住居はシンプルながら、華美でなく遊び心あり、楽しいからくりあり☆写真や仕組みの解説もとっても面白く、ワクワクするので、ご著書を全部拝見したいな。今回読んだどれもとてもオススメの本。いつか展覧会があれば行きたいな。

 

 

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