地球散歩

自然派虚弱体質の旅好き、お茶の間自然療法研究、旅、健康、私なりの創造、暮らしの備忘録【すべては機会】

コロナ感染がおさまらないこの日々に思うこと(完全に自分用メモ日記)

今の自分のことを記録しておきたい。
あとからこの過渡期をどう過ごしていたのか振返りたくなりそうだから。
似たことをnoteにも書いたけど(なんかnoteって使い方がよくわからないけど散文書きやすいのはなぜかしら?)

記録自体は今はとても大事だと思う。
もしこの時期に何かあったとしたら、体調や食事や行動や気分、それらの記録は重要なデータになるのだから。
(でもちょっと感情が混じりすぎと後から思った記事は消すかもしれないけど…)
いずれにしても、ここに書いておくのは自分メモとしても結構便利。私の弱点の症状が出た時はこのブログを検索して腸対策を参考にしてるのだし^^;

それで、
コロナウイルス感染に関しての今の日本(政府や国の対策や傾向、一部の人たち)で怪訝に思うことなど日々見聞きしたことから考えていたら、あるメタファーが浮かんだ。
これ全部私の主観だけどさ。コレ個人ブログだからね、メモしとく!

近所へ買い出しに久々に外出し歩きながら思い浮かんだあるメタファー。

例えば、何かを天然原料100%で作ろうとしたとき、レメディとか精油とか。
その時に植物の純粋な波動や、有機的で状態の良いものからクオリティ高いものを作って最後にふと「あぁここにもっと良い香りがもっとあったらなぁ」とか思い、ほんの1%人工の香料を使っちまったら、もうそれは天然物ではありません。
99%の成分がどんなに質の良い天然原料でも、たった1%混ざれば、いや、0.01%でも、分量がどうあれ、天然以外のものが混ざったらもう天然のものではなく人工物、
全く別のものになる。

植物の天然の波動を求めていたなら、
そのたったちょっとのケミカルが含有したものは選択肢からなくなるはずで、
そうなると残り99%の天然原料の素晴らしさをどんなに訴えても話になりません。

だけど、今の政府はその99%についてばかり説明しようとしてる?!
私たちが「それに人工物は入っているんですか?」という質問をスルーして、天然原料のことだけ話す。問題は100%天然かどうか、それならほしいのだけど、というのに、そこに論点をもっていかない。話にならないといういうやつ。

コロナウイルス感染をおさえたい、経済活性を止めたくない。それはみんなの共通目的。求められているのはまず感染を抑えて健康や安全が確保されること、それがあっての暮らしや経済だと思う。

とは言え、本当に大変な窮地に立たされている人があまりにも多く、深刻な生活苦、治安が悪くなったり、ストレスからウイルス感染以外でも心身不調の危険など…

国民の多くは政府の補償がないともたない…

こういう時に政府は政治はどうあるべきか?
古い体制や概念は完全に切り替えて、
前例のないこの状況を真剣に対処するべきでしょう、と毎日思うのだな………

でもどうも、彼らはどうしても正直にはいられないようだ。そして自分たちの低いポテンシャルをさらけ出したくないために誤魔化していく。
昔には通用した古い手法を変えないようす。その誤魔化しかたが99%の天然の話しかせずに、1%人工物が混ざって全く台無しになっていることに蓋をしている、というように見えちゃうの。

そしてそれは、政府だけではなく、ある意味日本人ぽいの傾向だなとも思う。
くさいものに蓋をしたがるし、評価や他人のことを気にしすぎる。行動するかしないか周りをみて決める、堂々とインパクトのある行動や出る杭に非友好的というかなんというか。
いろんな意味で曖昧。
今の感染危機など待ったなしの状況では、曖昧さが状況を悪くし、取り返しのつかないことにもなっていく。

海外では「感染をおさえたい、だからロックダウンします、違反したら罰則です」とシンプルに目的を見据えた行動をとる。オーバーシュートしても厳しい規制を通して、1ヶ月たって状況を変えていっている。

私は1週間マレーシア滞在時にロックダウンを経験した。あれくらいしないと収まらないと思ったし、日々内容も状況をみながらどんどん厳しくなっていった。そうしないと感染減らないもん、当たり前だよと思ったし、マレーシアの現地の友達もそう言っていた。厳しいけどこの感染拡大は本当に恐ろしいし、これがおさまらないことには経済も暮らしも安心してできないよ、と。
マスクをする習慣のない人々がマスクをして(インド人のマスクにはたいそう驚いた…)マスクをしない人には「なぜしないのか」と注意していた。
マレーシア人は真面目に従う人が多いと思ったし(日本も見習うべき事多し)一時は日本を随分上回る感染数だったけど、1ヶ月で大きく感染数はおさえた。日本はその後に何倍も増やした。韓国も一時期は大変だったけど今の日本と韓国は逆転。

日本は検査、治療に関しても隠されていることが多いということを忘れてはいけない。

そして日本は中途半端な規制や喚起しかしないので、
東京でもマスクをせずに外出する恐ろしい人で溢れている。
一部のジョギングする人は、マスクをせずに後ろから荒い息で近づいてきてすぐ近くを通りすぎる。走って近づいてくるので避けようがない。

こういう方々は「自分は大丈夫」「自分がよければいいい」という気持ちが少しでもある、もしくは想像力とこのウイルスの知識が圧倒的に足りないから都会でもマスクをせずに人のいるところへ出かけられるんだろう。
こういう人が出てきて増えてこの数週間後にまた新たな感染が増えることもあるのではないか?

TVをつければ「もう自粛辛いから友達と遊ぶ」なんてことを言う人を放送する。それを観た認識不足、無知な視聴者に同行為は伝染していくのでは?
不快感を煽って視聴率を取りたいだけではないかもしれないし、それも真実だからと報道するのかもしれないけれど。
こういう不快なものを観るより、もっと重要な情報を流してほしいよと思うしそっちを選ぼう。

もはやアマゾン先住民にまで感染しているこのウイルス。
世界に安全なところはない、自分もかかっているかもしれない、
という意識でいようと思う。
特にある程度の人口密度のある地域、都会に住んでいる人はもっと認識していてほしい。自分が感染していたら?という想像力で今はぐっと我慢することも必要だし、みんあがそれぞれ辛く忍耐している。感染をおさえる、という共通認識が高ければ早くに終息する可能性もあって、元通りの世界にはならなくてもまた新しい世界が始まると信じたい。

マスクや消毒はもう今はマナーではなくルールだと思っている。

例え政府がどうあろうと、自分で情報管理をしっかりしてフェイクに騙されず、
想像力を豊かに、様々な状況を想定して対策をしていくことと、心身バランスを整えていくことが大事な日々。

自分だけの問題ではない、ということをぜったい忘れないように。

そして、
このコロナ問題は、今後の人生をどう生きるか、真剣に取り組む機会になっていることは間違いない。

これから私は、自分にとっての心地よい暮らしを優先して生きていこう。

お庭がほしいな。自然の近くいたいな。植物についてもっと全般的に学びたい!

今後の新たな衣食住について、主人と話していきたいけど、あの人お茶を濁して蓋するの得意だから大丈夫かしらねぇ。。ぇ。。。

 

と、こんなことを思い巡らした晩に、私は霊性がアップデートされるような時間と機会があった。

信じることのベストを尽くしたあとは私自身の波動をあげていく。

そして共鳴したい、できる世界で心地よく生きていくと書き換えていくのだ。